【エッセイ】私がよく話す植物 なる君 

うちのベランダに住んでいる金のなる木(なる君)は、とても素直。

私がベランダをのぞくと、「おはよう」と微笑んでくれるようにも見える。

動物に例えると、犬が尻尾を振ってる感じ。

この感覚(水をあげる喜び)を子供たちに味わってほしく、この間から、子供たちに植物の水やりを任せる事にしてみた。
でも子供たちは忘れてしまったり、めんどくさがったり。

次女が「はなかっぱ(朝のテレビ番組)始まちゃうよぉ~~」と言いながら、適当に水をあげてる姿をみると、、

金のなる木(なる君)は、次女の心のざわざわ感を感じて「やっときてくれたのにぃ、ぼくを見ないまま行っちゃうのねぇ」と寂しく思っていることだろう。

でもなるくんは、笑顔でいてくれる。子供には、大人でいてくれる。

10年以上前に出会った時は、私の片手にすっぽり隠してしまえるほどの小さな苗の赤ちゃんだった。

最初は、前の家の出窓に飾っていた。

創作をしている時にそばにいてほしいと思ったから。
自分の集中が途切れたら眺めようと、ちょっとちょっと出窓に置く位置を変えたりしていた。

(今はそんな手軽な感じはなくて、重くて持ちきれないけど。)

出窓にいた赤ちゃん時代に、私はよく話しかけてたから、なるくんは、きっと私に親しみを感じているんじゃないかと思う。

私はそんなによい飼い主さんではないけれど(過去にすっかり水を忘れていた事もあった)、でもなるくんは、いつも私に信じてる目を向けてくれるので、有り難いな。

植物って、心が広いなぁー。

なるくんです!

 

 

 

 

 

“【エッセイ】私がよく話す植物 なる君 ” への2件の返信

    1. おはようございます!
      感覚を研ぎ澄まして、発するわずかな声に耳を傾けます(^^ゞ
      ありがとうございます(^^)

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