【紹介文&鑑賞文】おもちゃドクターはアーティスト

アーティストは、歌を歌ったり、絵を書いている人だけではないと思う。
日々を何か工夫で作り上げている方々は、アーティストではなかろうか。

おもちゃの修理のボランティアをされている方々も才能溢れるアーティストと思う。
なぜなら壊れたおもちゃを創意工夫、アイデアで治されているからである。



先日、現役おもちゃドクターのTさんとお会いした。

50年前からおばあちゃんが大事にしてきたバービー人形(足が取れた)を直されたお話をお伺いした。

その人形の足をどうつけるか?
モモに針金を通して、それをお腹の中で結わく。 またすぐ取れないよう。これからも人形が長生きするよう。
Tさんの優しさと思いやり、アイデアが光る。素晴らしい。


使い捨ての世の中ではあるけれど、私は子どもの心の成長や親の意識の為にも、おもちゃ病院の存在意義は大きいと感じてる。

「いらなくなったら捨てる、また買えばよい」の行為習慣が、「友達の一面しかみないで、必要ないからポイ」につながらないか、、と思う。

おもちゃは、子どもと触れあった物語を持っている。
人の思いがおもちゃにうつる事もあるし、思い出あるおもちゃが、人の心を変えていく。
なぜなら同じ時を過ごした同士だから。それを大切にしてほしいと思う。
断捨離も大切な時もあるが、冷たい思考で、必要あるものまで捨ててはいないか。。


またTさんは、おもちゃ工作の名人でもある。ここにもTさんならではの才能が輝く。
コインを入れておもちゃが出てくる(通称ガチャガチャ)のカプセルを見つめて、観覧車の椅子を思い付く。

一つの物を役目としての役割(物を包む)以外の可能性を見いだせることが出来るのだ。
これは一つの役目(包む)としてか見ない概念の人には、けして出来ない才能。

また本人もワクワクされながら楽しんで発想されている。
これはアーティストそのものではないかと思う。

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ただ現実としておもちゃドクターの方は大変な思いもされている。
直すのに必要な部品が用意出来ないことがあるのだ。
部品屋さんで自腹を切って700円位の物を買っていらしゃる姿を見ると、ボランティアとはいえ、協力者が不可欠のように思う。

おもちゃ病院の場所により、様々な形態があるが、社会福祉協議会などの各自治体の協力、そしてメーカーとの連携ももっともっと必要である。

特に音の出る部品は不足しているときく。
アイウエオと音を出すおもちゃも、アとイとウとオの音が出ても、エが出ないと直すことにならない。協力者がよい多く現れてくれたらと願う。

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全国におもちゃドクターが大勢いらっしゃる。

日本おもちゃ病院協会 http://toyhospital.org/

会長の三浦さんが言われている言葉が素敵なので、ご紹介したい。

 三浦さんは、おもちゃ修理を「趣味を楽しむ機会」と捉えていらっしゃる。おもちゃを持ってくる子供たちを「趣味の材料を持ってくる人」と。 この楽しむ精神が素晴らしい。

 人はしてあげる精神だけだと上手くいかないように思う。 三浦さんの姿勢は、多くの人方々を引き付ける。直す喜びと喜ばれる喜びと。喜びに溢れてボランティアされててるのは、生き方として、多くの人の共感を呼ぶ。

下記『東京ホームタウンプロジェクト』ホームページより参照

おもちゃを直す喜びと、人にお礼を言われる喜びの“二重の喜び”が味わえる

大人が語る大人未来のメディアサイト(三井住友不動産)ホームページより参照

http://smtrc.jp/otonamirai/vol8.html

 

 私は以前「日本おもちゃ病院協会」の前身である「おもちゃ病院連絡協議会」の事務運営をしていた(2008年に改称)。初代会長の故松尾さんが、「秋葉原って何でも部品揃っててさ、ぼくにとっては遊園地なんだよ!」とケラケラ笑いながらおもちゃを修理されていたことが、今でも忘れられない。

“【紹介文&鑑賞文】おもちゃドクターはアーティスト” への2件の返信

  1. 使い捨て、飽きてしまうとポイと捨ててしまう現状のおもちゃ状況において、このような方は素晴らしい存在です。
    私達の時代は、1年に1度、お祭りに買って貰う模型飛行機くらいでした・・・。

    1.  買えてしまうと有り難さが半減してしまいがちですよね。
       もっと物を大切に、一緒に過ごした(遊んだこと)ことを大事に思ってほしいですね。

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