【エッセイ】道ばたの名のない花

 信号待ちをしている時に、アスファルトの隙間から顔をだしていた雑草の花に思いを寄せました。

 道ばたの名前のない花も、最近の日替わりの温度差(寒い暑い)は大変だろうし、雨、干ばつ、虫に襲われ病気などなど、色々あることでしょう。

 いちいち愚痴も言わず(口はないけれど)、ひたすら一生懸命太陽に顔を向けている所にすごさを感じます。私も同じ生き物。同じスタンスでいきたいなぁと思います。

 

 でも「雑草は強い」と言いたいわけではないです。

 雑草は、他の植物のように生きやすい所で生きると、他の植物に生きる場所を奪われてしまうのだそう。

 それほど「弱い」から、アスファルトの隙間など生きにくいところで根を張り、咲いているそうです。

 雑草にとって、(人間から見ると)一見生きづらく見えるところが、生きやすい場所。適所なわけです。

 こんな小さな花さえも、自分の命を生かすことを考えているわけです。素敵な生き方です。

 

 しかし果たして人は、自分の生き方について考えているのかな。

 漠然と生きている人も多いのではと思います。 

 会社に行っていれば、給料という形で安定をもらえます。でも引き換えに、時間を失ってしまう面もあるのではないか。

 買い物、消費のために働くのはどうなのだろう。労働を買う物に変えて、あとは情報(インターネットその他)娯楽(テレビなど)で人生の大半を使ってしまうのはどうなのかな。疲れてストレス解消で人生が過ぎていくのはどうなのかな。

 

 人生は時間。

 若くして突然他界した従兄弟たちや、友人との関わりの中で、私の心のどこかには、「自分も明日生きているかわからないな」という気持ちがあります。

 であるなら、今生かされている奇跡をどう生きようかなぁと。

 

 喜びと感謝を多くして時間を過ごせたらいいです。創作も喜びを見つけてうれしくなるから始めたのだと思います。

 もちろん生活の上で辛いことなどもありますが、、どんな時も気持ち次第。どのような気持ちでいるかを大切にして、色々と作品を作っていきたいです。

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